ハイデガーは後期に、深い森のなかにふっと開かれた林間の空き地を、世界そのものの構造の名前にしました。Lichtung(リヒトゥング)。物がそこに姿を見せるためには、まず物が現れられる場所が ―― この空き地のように ―― 先に開かれていなくてはならない。彼はそう考えました。ただ、その場のなかに立ってみてください。
シリーズの最初の まなざしのスライダー でふれたのは、世界を残らず資源として立てる、近代技術のまなざしでした。世界をすべて計算可能なものへと暴力的に取り立てる ―― この身ぶりに、若いハイデガーは深い警戒を抱きました。森は、すり潰されるべき木材になりかねないものとして見えていた。
のちにハイデガーは、もっと静かな場所へと歩いていきます。ものをこちらから掴むのではなく、すでに開かれている明けのなかに、慎ましく立つこと。Gelassenheit(放下)――手放すこと、待つこと、開けにまかせること。同じ森が、別の表情を持ちはじめます。資源としての森ではなく、開けが起こる場所としての森。彼の哲学のもっとも穏やかな顔です。