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Leibniz ― にふれる

窓のないモナド 触れ合わないのに、同じ時を指している

ライプニッツは、世界は無数のモナドという究極の単純実体からできていると考えました。けれど不思議なことに、モナドには窓がない。互いに影響を与え合えず、何も出入りしない。完全に閉じています。それなのに世界は調和して見える――なぜでしょう。下のスイッチで予定調和を切り替えて、その奇妙さにふれてみてください。

予定調和 / harmonie préétablie
ON ― 神が時を合わせた
モナドにふれる ― それぞれが内に映す宇宙が見えます
窓のないモナドと、予定調和
monade sans fenêtres ・ harmonie préétablie
ひとつひとつの時計が、モナドです。部分を持たない単純なものだから、何かが出入りする窓がありません。だから決して線で結ばれない――互いに触れ合えないのです。変化は外からではなく、内側からひとりでにやってくる。そして各モナドは、内に宇宙ぜんたいを映す鏡でもあります。ふれてみると、それぞれが少しずつ違う角度から、同じ宇宙を映しているのが見えるはずです。

では、つながっていないのに、なぜ世界は一致して見えるのか。スイッチをOFFにしてみてください。時計はてんでばらばらの時を刻みはじめます。本来、窓のないモナドはこうなるはずなのです。なのにONにすると、一斉に同じ時を指す。ライプニッツは、神が世界を創るとき、すべての時計を最初から完璧に合わせて創ったと考えました。これが予定調和です。モナドは響き合っているのではなく、別々に、しかし申し合わせたように、同じ時を刻んでいるのです。

このモナドは、こうも読める

哲学史のなかで
壮大な体系として

デカルトは心と体を二つの実体に分け、その接続に悩みました。スピノザは逆に、すべてを一つの実体に畳み込んだ。ライプニッツはそのどちらでもなく、無数の単純実体を立て、その調和を神の予定に委ねます。実体・表象・充足理由律からなる、近世形而上学のひとつの頂点です。

後期ハイデガーから
計算的理性の先触れ

ハイデガーは、ライプニッツの充足理由律――何事にも必ず根拠がある――に注目しました。あらゆる存在に根拠と計算可能性を要求するこの原理こそ、やがてすべてを資源として立てる集-立(Gestell)へと至る、近代の思考の静かな源泉なのだ、と。美しい鏡は、計算する理性の先触れでもあったのです。

ところで――ここには、世界の外から最初にすべてを整えた、ただひとりの神がいます。では、すべては互いに依存して生起すると考える縁起の目に、この孤独な時計たちはどう映るでしょう。窓を閉ざした実体ではなく、はじめから関わりのなかにある世界。そんな別のまなざしも、そっと隣に置いておきます。
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